29-聖体を割くこと


  平和の挨拶の後、司祭は大きな聖体を割き、そして一切れを杯の御血に落とす。 聖体を割くことは キリストの死を表現し、聖体の一切れを杯の御血に入れるのは キリストの復活を示す。その間に、三回繰り返される「平和の賛歌」の祈願は キリストが 三日間、墓に納められたことを現す。 また聖体の一切れを杯の御血に入れるのは もう一つのことを意味している。 というのは、昔、ローマの教皇は ローマ教区の全ての小教区に(毎月)大きな聖体をおくる習慣があった。 そこで、各小教区の司祭が 日曜日のミサの時に この大きな聖体から 一切れを取って、自分の杯に入れた。 この典礼的な行いによって 司祭たちとローマの教皇との一致が示されていた。 この習慣が だんだん、全ての教会の伝統的な行いとなって、今も続いて、司祭と司教が結び合って、一致していることを表現している。




              
               平和の挨拶平和の賛歌
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