2018年12月23日(日)C年  待降節第4主日
今日の聖書

第一朗読  ミカ5,1-4

第二朗読  ヘブライ10,5-10 

ルカによる福音書1,39-45

 そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」



 ご自分の子イエスがいつ、何処で生まれるかを決めるために神は長い間思考(しこう)しました。 しかし、キリストの誕生の場所と歴史的な状況が私たちを惑わせます。 なぜ、神はもっと良い場所や安全な時を選ぶことができなかったのでしょうか。

 キリストの生まれる場所は、エルサレムの都でなく、金持ちの別荘でもなく、むしろ小さな村の飼い葉桶の方が良いと神は決めました。 ベツレヘムの羊飼いたちだけが生まれたばかりの救い主を仰ぎ見て拝むことができました。 なぜでしょうか。 そして、貧しい大工ヨゼフがイエスを守り、育て、教育する責任を受けました。 なぜ有名な律法学者ではなかったのでしょうか。 イエスの誕生のために選ばれた貧しさと貧困の状態は、永遠の昔から選ばれて、私たちに対する神が持つ愛を表しています。 このようにして人生の困難の中にいる人々と、乏しさを味わっている人々に対して、神はご自分への信頼を示しておられます。 なぜなら、貧しさはいつも神の愛の豊かさを引き寄せるからです。

 長い救いの歴史の中で、貧しい人や謙遜な人は、全人類が贖(あがな)われるための歩みの段階を定めました(例:ノア、アブラハム、モーゼ、ダビデ、預言者たち など)。 神は彼らに対するご自分の信頼を示したのです。 明日、そして来るべき2週間を通して私たちの救い主、私たちの贖(あがな)い主(ぬし)であるイエスの誕生を歓迎して、祝うことで私たちも同じ信頼を持ち、表すように召されています。 神が約束したことを不思議なやり方で行うことを大いに喜ぶように、今日、マリアとエリザベトは私たちを誘っています。

 マリアとエリザベトの心を満たした聖霊は、私たちの心も完全な喜びで満たしたいのです。 なぜなら、明日(あす)私たちはイエスとその家族を訪問するからです。 マリアのエリザベト訪問は、クリスマスの夜にどんな素晴らしい喜びが与えられているかを私たちに教えています。

 神の愛は主を畏れる者におよびます。 私たち一人ひとりに神から愛される特権が与えられています。 ところで、私たちはこの良い知らせを宣(の)べ伝えるために、知り合いの人々や神を知らない人々を、クリスマスのミサ祭儀に参加するように誘ってみてはどうでしょうか。 明日、クリスマスの夜。 必ず友だちや知り合いの人々が私たちと共に神を礼拝し、賛美するように、信頼と勇気を出して、また工夫して一緒に主の誕生日の喜びを味わいましょう。 そうであれば、きっと「あなたがたが私たちのところに来てくださるとは、なんという幸せなことでしょう」とイエスもマリアもヨゼフも言うに違いありません。

 聖霊が私たちの心に信仰や希望や喜びを注ぐように神に願いましょう。 イエスは私たちを救うために明日お生まれになります。 神の愛と慈しみが全世界を包むので、私たちがその出来事の証人となり、喜びで輝いている人となりましょう。 アーメン。


            グイノ・ジェラール神父

日曜日のお説教



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