今 月 の こ と ば
2015年11月
クッキー袋の物語

 成田空港である老婦人が、飛行機に乗る時間を待っていました。飛行機の搭乗時間まで時間があったので、彼女は一冊の恋愛小説と一つのクッキーの袋を買いました。そして、エコノミークラスの待合室に行くと、若い青年のそばの席が空いていたので、そこに座りました。彼女は、さっそく買ったばかりの恋愛小説を読み始めました。隣の青年は夢中になって分厚い漫画を読んでいました。二人の間の小さなテーブルの上には、クッキーの袋が置いてあったので、老婦人は小説を読みながらクッキーを一個つまんで食べました。すると、若い青年も笑顔でクッキーを一個つまみました。青年の行動に驚いて非常にショックを受けた老婦人は、何も言わずに、腹を立てないように自分をおさえようと努力しましたが、心の中で「この人は礼儀知らずで、失礼だわ」と、苛立ちながら我慢していました。ところが彼女がクッキーを一個つまむたびに、青年も笑顔で同じようにしました。

 不作法で、礼儀を全く知らないこの青年の態度に、老婦人の忍耐は極限に達しました。それでも、彼女は平静を装って知らん顔をして自分の口を強く閉じて黙っていました。とうとう最後に一個のクッキーが残りました。彼女が何かをする前に、青年は残った一個のクッキーを取って半分に割って、微笑みながら老婦人にその半分を渡しました。もう、我慢できなくなった彼女は、怒って顔を真っ赤にして、何も言わずにこの青年を睨みつけました。そして、席を立って飛行機に乗るゲートの方へ急いで行き、飛行機に乗り自分の席に座りました。それでも落ち着かない彼女は、顔の汗を拭くために自分のバッグからハンカチを取り出そうとしたその時、バッグの中に自分が買ったクッキーの袋を見つけました。

 自分が勝手に青年のクッキーを食べてしまったことを悟った彼女は、やっと自分の間違いに気がつき、とても恥ずかしくなりました。老婦人が自分のクッキーだと勘違いして、興奮し苛立っていた時に、青年は気前良く笑顔で自分の買ったクッキーを、彼女と分かち合いました。飛行機が離陸し始めたので、もう、この青年に「ごめんなさい」「申し訳ございません」と、謝ることはできません。心の痛みを感じた老婦人は、飛行機の椅子にへたり込んで深く反省しました。

 ですから、思いがけない出来事に直面する時、心の中で悪い考えを育ててしまったり、苛立って冷たい態度をしたり、反対に興奮してしまったり、厳しい言葉で人を裁いて傷つけてしまったりするよりも、まず、私たちを締めつけている全ての偏見を捨てましょう。そして、この思いがけない出来事を神の特別な恵みとして、心を落ち着かせて、感謝の心で受けとめましょう。そうすれば、私たちは神が与える恵みを退けることなく、時間も無駄にすることなく、自分自身を正しく育てる良い機会を掴むようになるに違いありません。それでは、あなたにもクッキーの袋を一つ差し上げましょう。この物語の青年に負けずに、誰か一人、あるいは何人かと、このクッキーを分ち合いませんか。そうすれば、皆で一緒に寛大さが与える喜びをゆっくり味わえるでしょう。


                         主任司祭 グイノ・ジェラール神父
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