今 月 の こ と ば
2014年3月

タクシーの運転手と年寄りの女


  あるタクシーの運転手は次のように語ります。 「私がお客さんに呼ばれて教えられた場所に着いた時、クラクションを鳴らしました。 何分か待ってから、もう一度クラクションを鳴らしました。 その仕事はその日の最後の仕事だったので、お客さんが出て来ないので帰ろうと思いましたが、結局タクシーから降りて、家のドアをノックしました。 「少し待ってください」と年配の女性が答えました。 その時、彼女が家の中で何かを引っ張っている音を耳にしました。

  長い間待った後、ようやくドアが開きました。 小さな旅行かばんを引っ張って、1940年代の素朴な服を着た90歳の年配の女性が私の目の前に現れました。 彼女の住んでいる部屋の中を見ると、とても寂しい 感じを受けました。 と言うのは、全ての道具が白い布で覆われていて、壁には大時計や、絵や写真など全くありませんでした。
  「タクシーまで私の旅行かばんを運んでくださいませんか?」と頼まれたので、私は彼女に腕を貸して、ゆっくりタクシーまで歩きました。 歩きながら彼女はずっと私の優しさと思いやりを褒めましたので、「お客様の願いを大切にするのは当然のことですよ。 特に年配の人は自分のお母さんのように扱います」と答えました。 「あなたはいい人ね」と彼女が答え、行きたい場所を私に伝えながら「町の中央を通って行って欲しいのです」と加えました。 「いいですが、それは一番早い道ではないですよ」と私は助言しました。 「はい、知っています。 でも私は今日、老人ホームに入るのでそんなに急ぎませんから…」と彼女は答えました。

  タクシーのバックミラーを見ると、彼女の目が輝いていることに気づきました。 「私はもう家族がいないし、医者によるともうそんなに長くないそうです」と彼女は言いました。 それを聞いて、私は密かにタクシーのメーターを止めました。 その後2時間位、私たちは町の中をあちらこちらへ行きました。 彼女は自分の小・中・高の学校や最初に秘書として働いた事務所の建物を見たり、結婚した時にご主人と共に暮らした家やまた土曜日の晩二人が踊った昔のダンスホールも見せるように私に願いました。
時々、彼女がゆっくり見たい場所の前で止まることも要求しました。 そこでは目に涙を浮かべながら、無言で、溜め息をついただけでした。

  夕暮れになった時、彼女は「疲れました!さあ、老人ホームまで連れて行ってください」と願いました。 示された住所まで沈黙の内に辿り着きました。 老人ホームの前で止まると、すぐ二人の看護師が私たちの方に近寄りました。 彼らはずっと前から彼女の到来を待っていたそうです。 しかし彼らは何一つ不満を言わずに、この老人に尊敬と優しい心遣いを表しました。 私はタクシーのトランクを開けて、彼女の旅行かばんを出した時には、彼女はすでに車椅子に座っていました。 自分のハンドバックを開けて彼女は「いくらお支払いすればよろしいでしょうか?」と聞きました。 「お代はいりません」と答えました。 「しかし、あなたは生活費を稼がなければなりません」と彼女は言い返しました。 「ご心配なく、まだ私は他のたくさんのお客様をタクシーに乗せますから」と言いながら何も考えずに、自然に私は彼女を腕に抱きました。 彼女も私を強く抱きしめながら「心から感謝します。 あなたは年寄りの私に幸せと喜びの時間を与てくれたからです」。  

  彼女と握手して「さよなら」と言って、自分のタクシーに戻りました。 彼女はその間に老人ホームに入りました。 きっと彼女の人生はここで終わるでしょうと思いました。 寂しくなって、その後私は他のお客さんを乗せるのを拒み、色々と考えました。 もし彼女がいらいらする忙しいすぎる運転手と出会ったなら、どうなっていたでしょうか?
もし私が彼女の願いを無視していたのなら? またもし彼女を長く待たずに、もう一度クラクションを鳴らさずに出発していたなら?等々。 このような素晴らしい出会いはなかったでしょうと思います。 この老人の為に時間を尽くしたので、彼女はほんの少し幸せを味わったでしょう。 大切なのは大きな出来事ではなく、小さな心遣いです。

  自分がしたいことや実現したい計画よりも、時々他の者のわがままな希望を叶える方がよいと知りましょう。 人は他の人が言った言葉や行った業は忘れますが、自分の人生に意味と値打ちを与えたことは決して忘れることが出来ません。

                          主任司祭 グイノ・ジェラール神父
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