今 月 の こ と ば
2012年月
聖母マリアの神秘への道…苺(いちご) 

 昔の信者は自分の信仰を支え、養う様に自然から学びました。中世美術に現わされている聖母の絵には、苺がよく描かれています。その意味は次の通りです。五月は一年の内で一番美しい月で、聖母の月と言われ、この時期にはその年の最初の果実である苺が実る。五月の『聖母の訪問』の祝日に、苺は先ずマリアの訪れを思い起こせ、次に、聖霊の十二の果実を現わす(正義、喜び、平和、忍耐、寛容、親切、誠実、善意、柔和、信頼、節制、純潔)。昔から苺は、完全な公正のシンボル、もしくは心の正し人の善行を表現している。その甘い味はマリアの優しさへの招きである。

  葉……一本の軸に三枚ずつある葉は、マリアが、三位一体の神の神秘で満たされた方である事、また、出産(前・中・後)童貞である事を示す。更に一日中三回唱える『お告げの祈り』の三つのアヴェ マリアを思い起こさせます。また、マリアの信仰、希望、愛と言う三つの対神徳をはじめ、ロザリオの三つの奥義(喜び、苦難、栄光)をも思い起こさせる。苺の花の白と黄色と実の赤い色も同じ意味を示す。さて、緑色の葉は、私達がマリアに寄り頼む希望を表し、更に苺の実に付いている十五枚の「がく」は(五連 ×三環で)=十五連のロザリオを、そしてまた、マリアが生涯にわたって抱いた十五の喜びを示している。
 花……花弁の白色は聖母の清さ、貞潔、無限罪の状態を示す。五枚の花びらは、マリアの五つの徳(知恵、従順、謙遜、清貧、慎重)、また、ロザリオの五連を思い起こさせる。花芯の黄色は、神が聖母に与えた栄光を、そして白と黄色によってマリアが全ての恵みで満たされ、神の聖性で包まれている事を表す。
   
 実……赤い実は、キリストと一致したマリアの愛、受難の共感、殉教(即ち剣に貫かれた聖母の心の七つの苦しみ)を思い起こさせる。苺の身に付いている小さな種は、一粒一粒が涙の形をしていて、マリアの涙を思わせ、また、ロザリオの球のようにも見える。最後に苺(花、葉、実)全体は、マリアの母性、そして聖母の処女性を強調する『閉ざされた園」(雅歌4,12)と言う貴重な役割を果たす。聖母が時に、苺の房で飾られた衣服をまとうのはこの意味を語っている。苺と言う漢字(母+草冠)で、即ち母の園と示されたのも不思議にその意味を示している。
 

 この様に中世の信者は、花、果実、動物、鳥、昆虫、などの自分の回りの自然を見ながら、信仰の神秘を深めた。それはあまり読み書きが出来ず、聞く事と見る事が知る方法だったからである。

中世の信者にとって自然の色や形、その味、香りなどは、御言葉に生きる具体的な信仰の支えであり、当時描かれた深い意味を持つ絵は、我々に残された信仰の遺産である。この遺産を正しく伝えながら、更に、どのように私達の信仰を子孫に残していくか、その方法を探すべきではないだろうか?

                          主任司祭 グイノ ・ ジェラール神父

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